目次
・天才贋作師ファン・メーヘレン
・贋作の調査方法
ナユミ
…へー、みんないろいろと考えるわね…
カヤ
何見てるんだ、ナユ姉?
ナユミ
何かね、市場に出回ってるサインはだいたい偽物なんだって。みんなあの手この手でお金稼ごうとするなあと思って、色々考えるなあって…
カヤ
まあ有名人に関係する物はいつだって高値で売れるからな。
ナユミ
こういう偽物販売で儲けた人で一番儲かった人ってどのくらい儲けたものなのかしら?
カヤ
一番かどうかはわからないが、絵画の贋作で40億円以上儲けた伝説的な贋作師がいるぞ。
ナユミ
40億!それはすごいわね。どんな事件だったの?
カヤ
それじゃあ歴史的な贋作事件、メーヘレンの事件について話していこうか。
天才贋作師ファン・メーヘレン
時は1945年5月、オランダのある人物が第二次世界大戦中のナチス政権への協力の罪を問われて逮捕されました。
彼の名はファン・メーヘレン。
彼の犯した罪は17世紀を代表するオランダの画家フェルメールの作である「キリストと悔恨の女」をヒトラーの第一後継者であるゲーリングに売却したというものでした。
フェルメールは当時すでにオランダを代表する画家として知られており、彼の作品は国宝級の扱いを受けていました。
そのため、フェルメールの絵を大戦の敵国であったナチス政権の人物に売却したメーヘレンは、国の宝を敵国に売り渡した「売国奴」という扱いを受けてしまっていたのです。
収監されたメーヘレンは1945年12月、監獄の独房から驚くべき発言をします。
それは、彼がゲーリングに売却した「キリストと悔恨の女」や、有名なフェルメールの作品である「エマオの食事」、その他フェルメールによるとされていた4点の作品と、オランダの画家ド・ホーホの2点の作品がメーヘレンの手がけた贋作であると主張したのです。
彼の発言が正しいか否かを確かめるために何ヶ月かの調査が行われ、その結果彼の指摘した作品は確かに贋作であるという結論が下されました。
これによりメーヘレンの罪は「売国奴」から「詐欺師」へと軽減され、1947年10月に1年の禁固刑を宣告されただけで済みましたが、
その年末に心臓発作をおこしてメーヘレンは息を引き取ってしまいます。
メーヘレンの死後も美術専門家の中には多数の作品が贋作であったという事実を受け入れられない人も多く、特に「エマオの食事」については贋作と認めない人が多くいました。
実際、この絵はすでに著名な美術史家が本物と鑑定しているものであり、長い間贋作かどうか判断がつかずにいました。
メーヘレンの死後20年が経過した1967年、カーネギーメロン大学の科学者たちが提出した科学的根拠を持って「エマオの食事」についてようやく贋作であるとの結論が下されました。
「エマオの食事」(1937年)
最近でもメーヘレンの描いた贋作が見つかることがあり、2011年には17世紀のオランダの画家バビューレンの「取り持ち女」の複製画の一つがメーヘレンの手による贋作であったと判明しています。
ナユミ
メーヘレンの事件はまだ終わっていないのね…
カヤ
そういうことだな。メーヘレンの事件についての話はここまでにするが、せっかくなのでカーネギーメロン大学の科学者たちが贋作の判定に用いた方法について解説していこう。
ナユミ
ふう、ここからが本題なのね。たまには歴史の話で終わらないのかしら?
カヤ
そういうわけにもいかないんだな。
贋作の調査方法
贋作の調査方法としては薬品への耐性や、絵画に使われている顔料や展色剤の種類を調べるというものがありますが、
カーネギーメロン大学の科学者たちが使ったのは放射性同位体を用いるものでした。
贋作の調査で使われたのはウラン系列と呼ばれる一連の放射性同位体に含まれる鉛210 \( \left( ^{210} \rm Pb \right) \) 、ラジウム226 \( \left( ^{226} \rm Ra \right) \) 、ポロニウム210 \( \left( ^{210} \rm Po \right) \) という3つの放射性同位体です。
これらの放射性同位体は「エマオの食事」に使われていた鉛白と呼ばれる白色の顔料に含まれていました。
この顔料の主成分は鉛で、その中に鉛210が含まれています。
そして、鉛はウランとウランが放射性崩壊してできる原子を含む鉱石から製造されており、それらの原子の中にラジウム226とポロニウム210が含まれています。
ナユミ
絵の具に放射性物質が入っているなんて知らなかったわ。それで、この放射性同位体を使ってどうやって年代を測定するの?
カヤ
これは一言で言い表すのは難しいのだが、まずは下の図を見てほしい。これはラジウム226からポロニウム210に至る放射性崩壊の流れを示した図だ。
ラジウム、鉛、ポロニウムの順番に崩壊は進んでいきます。
\( \lambda _1 \) 、\( \lambda _2 \) はそれぞれの崩壊過程の壊変定数です。
時刻を \( t \) 、ラジウム226の質量を \( R \) 、鉛210の質量を \( P \) とすると、これらの放射性崩壊について次の式が成り立ちます。
\[ \begin{align}
\frac{dR}{dt} &= - \lambda _1 R \\\\
\frac{dP}{dt} &= \lambda _1 R - \lambda _2 P
\end{align}\]
一つ目の式はラジウム226の崩壊過程を表しています。
二つ目の式は一つ目の式によりラジウム226が崩壊して生成した鉛210の増加分を、第一項で表し、第二項で鉛210の放射性崩壊による減少を表しています。
これらの微分方程式を今回はさらに次のように簡略化します。
\[ \begin{align}
\frac{dR}{dt} &= k \\\\
\frac{dP}{dt} &= k - \lambda _2 P
\end{align}\]
ただし、\( k \) は実定数とする。
ラジウム226の崩壊速度を定数と置きました。
ラジウム226は半減期がおよそ1600年あります。
今回関心があるのは17世紀、つまり贋作の調査が行われた20世紀からすると約300年ほど前なので、
このくらいの時間期間ならラジウム226はほとんど崩壊していません。
つまり質量にほとんど変化がないと考えられるので、崩壊速度もほぼ一定とみなしても構いません。
また、今回解を求めるのは鉛210についての微分方程式だけで構いません。
変数分離法で鉛210についての微分方程式を解いてみます。
\[ \begin{align}
\frac{dP}{dt} &= k - \lambda _2 P \\\\
\frac{1}{k - \lambda _2 P} \cdot \frac{dP}{dt} &= 1 \\\\
\int \frac{1}{k - \lambda _2 P} \cdot \frac{dP}{dt} dt &= \int 1 dt \\\\
\int \frac{1}{k - \lambda _2 P} dP &= \int 1 dt \\\\
- \frac{1}{\lambda _2} \ln \left( k - \lambda _2 P \right) &= t + C \\\\
\end{align}\]
\( t = 0 \) のとき \( P = P_0 \) とすると、
\[ C = - \frac{1}{\lambda _2} \ln \left( k - \lambda _2 P_0 \right)\]
よって、
\[ \begin{align}
- \frac{1}{\lambda _2} \ln \left( k - \lambda _2 P \right) &= t - \frac{1}{\lambda _2} \ln \left( k - \lambda _2 P_0 \right) \\\\
\ln \left( k - \lambda _2 P \right) &= \ln \left( k - \lambda _2 P_0 \right) - \lambda _2 t \\\\
\ln \frac{k - \lambda _2 P}{k - \lambda _2 P_0} &= - \lambda _2 t \\\\
\ln \frac{k - \lambda _2 P}{k - \lambda _2 P_0} &= \ln e^{- \lambda _2 t} \\\\
\frac{k - \lambda _2 P}{k - \lambda _2 P_0} &= e^{- \lambda _2 t} \\\\
k - \lambda _2 P &= \left( k - \lambda _2 P_0 \right) e^{- \lambda _2 t} \\\\
- \lambda _2 P &= \left( k - \lambda _2 P_0 \right) e^{- \lambda _2 t} - k \\\\
P &= \left( P_0 - \frac{k}{\lambda _2} \right) e^{- \lambda _2 t} + \frac{k}{\lambda _2}
\end{align}\]
絵画に使われていた鉛白という顔料の原料である鉱石中ではラジウム226の崩壊速度と鉛210の崩壊速度が等しい状態になっています。
一方、この顔料の製造工程において鉱石中のラジウム226の大部分は取り除かれてしまいます。
ですが、鉛210は顔料の主成分で取り除かれることはないため、顔料に含まれている鉛210の崩壊の初期速度は取り除かれる前の鉱石中のラジウム226の崩壊速度と等しいことになります。
そこで、製造工程で取り除かれる前のラジウム226の崩壊速度を \( K \) とおけば、次の式が成り立つことがわかります。
\[ K = \lambda _2 P_0 \]
\( K \) については、地球上の様々な鉱石からこれを実際に測定してみると、0から200までの範囲の値を取ることがわかっています。
また、絵画中の \( P \) と \( k \) も測定することができます。「エマオの食事」について1967年に測定した結果は、
\[ P = 270 \]
\[ k = 0.8 \]
でした。そこで、もし「エマオの食事」が17世紀、つまり調査時からおよそ300年前に描かれたものであったなら、
\( P = 270 \) 、\( k = 0.8 \) 、 \( \lambda _2 = 3.1 \times 10^{-2} \) 、\( t = 300 \) を
先ほどの解に代入して \( \lambda _2 P_0 \) を求めれば、それが0から200の間の値になっていなければおかしいという話になります。
ナユミ
そういうことね。具体的に計算してみるとどうなるかしら?
カヤ
さっきの解を少し変形して、値を代入してみるとこうなる。
\[ \begin{align}
P &= \left( P_0 - \frac{k}{\lambda _2} \right) e^{- \lambda _2 t} + \frac{k}{\lambda _2} \\\\
\lambda _2 P &= \left( \lambda _2 P_0 - k \right) e^{- \lambda _2 t} + k \\\\
\lambda _2 P e^{\lambda _2 t} &= \left( \lambda _2 P_0 - k \right) + k e^{\lambda _2 t} \\\\
\lambda _2 P_0 &= \left( \lambda _2 P - k \right) e^{\lambda _2 t} + k \\\\
\end{align}\]
\( P = 270 \) 、\( k = 0.8 \) 、\( \lambda _2 = 3.1 \times 10^{-2} \) 、\( t = 300 \) を代入すると、
\[ \begin{align}
\lambda _2 P_0 &= \left( 3.1 \times 10^{-2} \times 270 - 0.8 \right) e^{3.1 \times 10^{-2} \times 300} + 0.8 \\\\
&= 82801.6...
\end{align}\]
ナユミ
ずいぶん大きい値ね。ちなみに、これって「エマオの食事」をメーヘレンが書いたとして計算したらどうなるの?
カヤ
その場合は、贋作の調査をしたのが1967年で、メーヘレンが「エマオの食事」をボイマンス美術館に売却したのが1937年なので、 \( t = 1967 - 1937 = 30 \) として同じように計算してみるとこうなる。
\[ \begin{align}
\lambda _2 P_0 &= \left( 3.1 \times 10^{-2} \times 270 - 0.8 \right) e^{3.1 \times 10^{-2} \times 30} + 0.8 \\\\
&= 19.9...
\end{align}\]
ナユミ
妥当な数字ね。つまり、「エマオの食事」は贋作であることが証明されたのね。
カヤ
そういうことだな。
ナユミ
けど、「エマオの食事」がフェルメールの作品じゃないとわかって、残念に思った人も多かったんじゃないかしら…
カヤ
まあ、そう思った人もいるだろうな。けど、「エマオの食事」を購入したボイマンス美術館では今でもこの絵画をメーヘレンの作品として展示しているぞ。
ナユミ
これはこれで、歴史的価値がついた作品になった、ってことなのかしら?
カヤ
まあそうなんだろうな。それに、実際これだけ長い間、プロの美術史家を欺いてきたわけだから、「エマオの食事」の純粋な作品としての価値もそれだけ高いってことなんだろう。
ナユミ
メーヘレンも贋作師じゃなくて、画家として頑張ってもよかっただろうにね。
カヤ
メーヘレンも初めから贋作師になろうと思っていたわけではない。自分の作品が認められないことに対する憤りから、美術界に復讐するという気持ちで贋作を始めたようだな。
ナユミ
芸術って難しいわね。
カヤ
そういうことだろうな。
参考:
[1] David Burghes/Morag Borrie 著、 垣田高夫/大町久佐栄 訳、微分方程式で数学モデルを作ろう、日本評論社、1990年4月28日発行
[2] Wikipedia ハン・ファン・メーヘレン、https://ja.wikipedia.org/wiki/ハン・ファン・メーヘレン、2023年8月26日閲覧
[3] Wikipedia Han van Meegeren、https://en.wikipedia.org/wiki/Han_van_Meegeren、2023年8月26日閲覧
[4] Wikipedia ヨハネス・フェルメール、https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨハネス・フェルメール、2023年8月27日閲覧
[5] Wikipedia ウラン系列、https://ja.wikipedia.org/wiki/ウラン系列、2023年8月27日閲覧
前の記事
第6話
技術の普及
~薄型テレビの普及率~
次の記事
第8話
水が沸騰するまでの
温度変化